
株式会社牛屋
【福島県葛尾村】牛の飼育法を羊にも応用し売り上げ5倍に
畜産を超えた取り組みで若い力につなぐ
INDEX
企業情報
- 企業名 株式会社牛屋
- ヨミガナ カブシキガイシャウシヤ
- 業種 畜産農業
- 代表者 吉田健氏[代表取締役]
- 所在地 福島県双葉郡葛尾村大字上野川字仲迫27-11
- TEL 無し
- WEB 無し
- 創業年 2017年
- 資本金 300万円
- 従業員数 8人
- 売上高 非公開
企業概要
代表取締役の吉田健氏が、2017年に獣医師の妻と共に福島県葛尾村で牛の畜産業を開始。翌年には羊の飼育にも挑戦する。2023年4月に牛舎を5棟追加するなど大幅に規模を拡大し、同年内に牛400頭、羊100頭に達する見込み。肉の加工業なども行う。
明日の行方も分からない不安の中、村に残る決意をする
「大切な牛たちを放って自分たちだけ避難することはできない」。
東京電力福島第一原子力発電所の事故後、全町民に避難勧告が出た福島県葛尾村。株式会社牛屋の代表取締役・吉田健氏は妻と二人の子どもを避難させ、自分は父と共に残ると決めた。当時はまだ父が築いた葛尾村の牧場で、一緒に黒毛和牛を飼育して出荷していた頃。被災後、約1,200頭の牛たちを、いつどうなるか分からない不安の中、福島県田村市の第二牧場へ移していった。
「最後の1頭をトラックに乗せた時、振り返るとガランとして何もない牛舎がありました。それを見て悔しくて『必ず戻ってくる』と決意したんです」。
その後は田村市で再び父と共に畜産業に精を出し、2016年、ついに葛尾村の一部地域が避難解除に。18歳から父を手伝っていた畜産のキャリアは約25年になろうという頃だった。

ゼロからの出発 妻と、3頭の牛と共に起業
時は来た――。「ゼロからの出発」と吉田氏は意気込む。
「実は被災前から、一般的に畜産業は若者にとって憧れの職業ではなく、将来性がないことを問題に思っていました」。そこで2017年、妻と“たった3頭の牛”と共に、葛尾村の前とは別の場所で牛屋を創業。「若者へ引き継ぎたい」「畜産はちゃんと稼げて楽しい仕事だ」、そんな思いで牛の育て方を一から見直した。試行錯誤の末、他の農家が約30カ月かけて育てる牛を、たった半年で出荷できる飼育方法を考案する。
「牛は、たくさんエサを食べさせて健康体のまま太らせないとおいしくならない。『1週間ごとに500gずつエサの量を増やす』ことで、飼育期間を短くすることができました」。実は、獣医師である妻の美紀氏がきちんと健康管理をしているからこそなせる技だ。広々とした環境も必要となるため、「福島再生加速化交付金制度」を利用し、2023年4月に5棟の巨大な牛舎が完成。一般的には4、5頭の牛を入れて飼う広さのスペースに2頭だけ入れ、ストレスの少ない環境を実現した。


牛は2023年中に約400頭まで増やす予定で、来年の売り上げは目標2億円だという。
「うちの飼育方法なら、子どもを産めなくなった年寄りの雌牛などを安く購入して短期間で立派な黒毛和牛にできるので、高い利益が出せます」。
さらに、エサやり用の巨大トラクターを購入して業務も時短・効率化に努めるなど、利益率を上げるためにさまざまな施策を実行。飼育した牛は2022年、優れた食肉牛を競う和牛オリンピックに福島県代表として葛尾村から初選出されるなど、高い評価を得ている。

牛の飼育方法を応用し、とろける味わいの羊肉を新たに開発
長い歴史とたくさんの競合ブランドがある黒毛和牛1本では、頭一つ抜け出すのは難しい。そんなことを考えていた時、偶然北海道産の羊を食べて感動した吉田氏は、起業2年目の2018年に、新たに羊の飼育に挑戦する。
「羊でどうやって事業化するか考えた時に、黒毛和牛の飼育技術を生かせると考えました。そこで半年飼育して食べたら、以前北海道で食べたものよりおいしかった」。

くさみがなく、脂がとろけるようだったことから「メルティーシープ」と名付け、商標登録する。普通は1kgあたり2,500~3,000円が相場だが、牛屋の羊肉は質が良く、倍以上の価格で売れる。さらに市場に卸して終わりではなく「お客さんの口に入る直前まで責任を持ちたかった」と、加工業や発送業まで行うようになった。
羊肉事業は初年度から好調だったが、理由は「ふるさと納税」だという。いち早く産業復興した牛屋のメルティーシープが葛尾村の返礼品として採用されたのだ。しかし当初、返礼品を受け取った顧客からの評価は芳しくなく、その原因は冷凍技術にあった。一般的な冷凍方法だと凍結するのに時間がかかり過ぎて細胞が破壊されてしまい、解凍時にうまみ成分が流れ出してしまうのだ。そこで200gの肉なら2、3分で凍結できる特殊な冷凍機を購入して出荷したところ、顧客の評判は回復した。

2020年、葛尾村がふるさと納税の返礼品として送付した商品の総額は、年間180万円だったのが、翌年牛屋の羊肉を扱うようになってから2,000万円に跳ね上がり、2022年には4,600万円に倍増。また、牛屋ではこの冷凍技術を利用して羊肉を凍らせ、自動販売機でも販売したところ、予想以上の売り上げだったという。
2022年度の売り上げの多くはメルティーシープが占め、羊肉の畜産を始めてから売り上げが5倍に。さらにメルティーシープは「葛尾村の特産品」に指定されるなど、順調に歩みを進めている。

さらに業務を拡大 そのバイタリティの秘密とは
吉田氏の新しい試みは尽きない。例えば前述した特殊な冷凍機を利用してイチゴそのものを凍らせ、「かき氷」を作って販売。地元の盆踊りで提供したところ2、3時間で200~300食は売れたという。また羊は、刈った毛を有効活用すべく、有名紳士服店と連携。2023年よりその紳士服店で高級ウールスーツの販売がスタートしている。
「常に新しいことを形にしたいんです。挑戦は勇気が必要ですが、無謀なわけではなく、リサーチや熟考の上で行動すれば平気。失敗しても元に戻ればいい。そうでないと何も得られません」。
そんな吉田氏が普段強く意識しているのが人との向き合い方。真摯(しんし)に素直に、偽らず接することを心がけている。
「不思議なことにこうした意識で仕事をしていると、土地を貸してくださる地主さんや取材して広めてくださるマスメディアの方など、素敵な出会いがあるものなんです」と吉田氏。牛舎5棟を新設して人手が欲しかった時は、メディアを通じて知ったのか「牛屋で働きたい」という若者が数名、村役場を通じて現れたという。ずっと牛に囲まれて育った長女の愛梨朱氏も「おいしい牛を育てたい」と入社し、長男も高校卒業後に入社予定だ。
「自分の子どもたちに、『この仕事楽しそう』と思われているのはとても幸せなことですね」。こうした若い力に畜産業の可能性や楽しさを教えていくことが今の夢だと語ってくれた。

・避難勧告で葛尾村には何もない状態に。
・牛はライバルが多い。差別化、新しい切り口が必要だった。
・畜産業は、世襲制が多く、若者を取り込む業種でなかった。

・補助金を受けたり、取材で村を知ってもらったりと周囲を頼った。
・牛の育て方を見直し、羊の飼育や、肉の加工業も新たに開始。
・「新しい、儲かる、楽しい仕事」を基準に、真摯に人と向き合いながら、従来の畜産にとどまらない事業を展開。

・メディアを通じ取り組みを知ってもらい、売り上げや認知度アップにつながる。
・牛屋の黒毛和牛は福島県代表として和牛オリンピックに出場。羊(メルティーシープ)は葛尾村の特産品に指定され売り上げも5倍に。
・娘や息子といった後継者の他、若い従業員も集まってきた。