丁寧な人材育成で品質向上を実現 若手に技術を継承し、地域への還元を目指す

株式会社サンブライト

【福島県会津若松市】

丁寧な人材育成で品質向上を実現
若手に技術を継承し、地域への還元を目指す

企業情報

  • 企業名 株式会社サンブライト
  • ヨミガナ カブシキガイシャサンブライト
  • 業種 金属製品製造業
  • 代表者 渡邉忍氏[代表取締役 社長]
  • 所在地 本社:福島県双葉郡大熊町大字小良浜字高平676-1
    会津河東工場:福島県会津若松市河東町工業団地2-3
  • TEL 0242-76-1020(会津河東工場)
  • WEB https://sunbright-f.co.jp/
  • 創業年 1991年
  • 資本金 3,000万円
  • 従業員数 72人
  • 売上高 10億3,000万円

企業概要

1991年、福島県大熊町で創業した部品加工の商社。2011年、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で会津若松市に本社機能を移転。現在は業務用カメラ部品、半導体製造装置部品およびその他精密部品加工全般の製造を行う。

創業20年の節目の年に被災 創業の地を離れることに

見上げれば福島県の宝の山、磐梯山。眼下には会津盆地が広がる高台にある株式会社サンブライト。1991年の創業当時は福島県大熊町に本社を置き、半導体製造装置用の高気圧・高油圧のステンレス製バルブボディーの生産をしていた。

デジタルカメラの爆発的な普及を機に、2001年からはデジタル一眼レフカメラや放送用カメラなど、プロ、セミプロ、ハイアマチュアを対象とした光学製品向けのサプライヤーへとかじを切り、カメラレンズのピントを合わせる部品であるカム筒やズームリング、レンズフードといった精密部品の切削加工を手がけるようになった。

「うちは10年周期で何かが起こる」と話すのは、代表取締役の渡邉忍氏。

創業20年目の2011年3月、東日本大震災が発生する。東京電力福島第一原子力発電所の事故により大熊町に避難指示が出され、従業員たちは福島県内各地の避難先に散り散りとなる。高台にあった工場は津波の被害は免れたものの、事業に必要な機材を運び出す間もなく町を離れなければならなかった。

代表取締役の渡邉忍氏 代表取締役の渡邉忍氏

「当日、私は新工場の立ち上げのため中国にいましたが、目まいのような揺れを感じて、気のせいかなと思っていました。仕事の合間にメールをチェックすると、あらゆる取引先から『地震大丈夫でしたか? 津波大丈夫ですか?』とある。なんのことだろうという感じでした」と渡邉氏は振り返る。

大変な状況になっていると分かり、会社に何度も電話をかけた。一度だけつながったが、詳しい状況を聞く前に「急いで戻れ」の一言。渡邉氏は、日本行きの飛行機に飛び乗り、ほぼ2日間かけて大熊町に戻った。

最新機器を導入するも品質低下 必要なのは人材育成だと気付く

被災後、大熊町は帰還困難区域に指定された。社員は故郷に戻れず、本社工場も再稼動するめどが立たずにいたが、社員たちの「早く工場を立ち上げましょう」という前向きな意見で、新たな一歩を踏み出した。

「再開を待ちわびる取引先や、県内で同じように被災した取引先のためにも」という思いで、2011年5月から仮設工場で操業を再開し、同年12月、大熊町の役場機能が移転している会津若松市に新しく会津河東工場を建設した。その地には、業務を熟知している社員が多く避難しており、さらに雇用も見込めたという理由もあった。

新工場の稼働に伴い、生産設備も最新鋭のものを導入。それによって、業務の効率化や難しい部品の生産も可能になり、順調に業績を回復できると思われた。

会津若松市に建設された会津河東工場 会津若松市に建設された会津河東工場
最新の設備を揃えた工場内 最新の設備を揃えた工場内

しかしスマートフォンが普及し、カメラ業界の製品への要求精度が向上。設備投資だけでは、その精度を満たしながら採算を取ることが難しくなっていった。そこに追い打ちをかけたのが、人材の減少だった。

渡邉氏は、「昔は当たり前だった『見て覚えろ』的な育成は、現代の社員たちには通用しませんでした。結果、離職者も増えていきました」と話す。

人材育成の大切さを痛感した渡邉氏は、トヨタ自動車東日本株式会社との相互研さん活動や、キャリアパスの作成とその見える化を実施。その結果、教育が行き届いた社員が増え、生産管理、検査、品質保証に力を入れることができるようになり、人の手による作業を増やしたことで不良品が減少し、製品の品質も向上した。

測定機器を使って測定作業を行っている様子 測定機器を使って測定作業を行っている様子

「人はどんなことでも、学び覚えると向上心が芽生えてきます。職人から技の『い・ろ・は』を学ぶことで、仕事への取り組み方も変わってきたんだと思います」と渡邉氏。

社員が仕事のやりがいを感じ始めたことで、若手人材の離職率が低下し、社員の年代構成も20〜40代が全体のおよそ60%以上を占めるようになった。

仕事に励む若手の社員 仕事に励む若手の社員

渡邉氏は、「将来的には定年制度も撤廃しようかと考えています。人生の幕を閉じる直前まで働ける環境が、人材確保には大切だからです。技術を持った人材がたくさんいるということは、製造業にとってはとても重要なこと。人材育成と人材確保を、伝統工芸が多く継承されている会津の地でやることに意義があると思っています」と語った。

支えてくれた地域に恩返し 会津の工芸技術をさらに昇華させる

2021年には、会津の伝統工芸技術を生かした新ブランド「Aid_U(エイド ユー)」を設立。漆塗装、桐製品製造、会津木綿など、会津独自の技術や製品を取り扱う複数の企業が参加し、サンブライトが代表を務める。

「高度な技術に支えられた伝統工芸。その技術と現代工業を融合して、新しい価値を生み出したいという思いに共感していただいた皆さんが集まったのが『Aid_U』です。設立の背景には、会津への恩返しという思いもあります」。

オリジナル製品第1弾は、サンブライトがマグネシウム合金でくし型を作り、漆職人が塗装と蒔絵(まきえ)を施したくし。会津の「あい」を取って、「あいくし」と名付けられた。

梱包には、会津桐の箱と会津木綿のランチョンマット、特製ハンドポーチを使用している。パッケージのロゴは会津の小学生へ公募を行った中から選ばれたもので、会津一体となって作り上げた商品だ。

2021年度「グッドデザイン・ベスト100」に選ばれた「あいくし」。ロゴは会津の小学生が考案 2021年度「グッドデザイン・ベスト100」に選ばれた「あいくし」。ロゴは会津の小学生が考案

「形の落としどころが難しかったですね。試作品も100種以上作りました」と渡邉氏。

あいくしへのこだわりを語る渡邉氏 あいくしへのこだわりを語る渡邉氏

そのこだわりの、頭に合わせた柔らかなカーブと漆塗りの美しさが評価され、2021年度「グッドデザイン・ベスト100」に選出された。

渡邉氏は「今後もさまざまな企業と共に、それぞれの強みを生かした商品を作りたい。それが会津のものづくりが知られるきっかけになれば」と話す。

古き良き会津若松のものづくり技術と共に新しい道を歩むサンブライト。

「移転から12年。今では社員全体の8、9割が会津出身で、2023年の組織変更に伴い管理職に名を連ねます。会津に支えられた企業としてより成長し、地域に還元していきたい」と渡邉氏は決意を新たにする。

課題

・本社工場のある大熊町が帰還困難区域に指定され、業務再開のめどが立たない。

・設備投資を優先したため若手の人材育成が進まず、製品の質の低下や不良品が増える。

解決策

・会津若松市に会津河東工場を建設、業務を再開した。

・現場単位で教育の体制を整え、人材育成に力を入れ、生産管理、検査、品質保証に注力できる人物を増やした。

効果

・最新の機器を導入したことで、製造が難しい部品の生産も可能になった。

・人の手による作業を増やしたことで不良品が減り、やりがいを感じた若手社員の離職率が低下した。

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